ドナトロジー(ドーナツ学)への寄与

『失われたドーナツの穴を求めて』(2017年、さいはて社)という奇妙な本がある。 saihatesha.com プルーストの『失われた時を求めて』にかけて洒落ているのだろうが、まあ語呂が悪すぎる。 「とき」に相当する箇所に「どーなつのあな」を充てる力業には、むし…

「運命・量子・交流」

●「運命ってあるのかな?」 「どうして急に?」 ●「いや、きっと大したことじゃないんだけど、ふと、さっき耳にして気になってるんだ。運命なんて全然信じてないんだけど、でも運命っていう音?というか、その存在が頭にはいってしまったのがさ、なんかくや…

「時間」ですよ

3月、卒業シーズンだ。 僕も縁のあった学校で卒業式や謝恩会というものに出席した。 実は今日もそうだった。 こういう日は、何か書かなければいけない気持ちになってしまう。 人は、と言って差し支えないと思うが、とにかくいまこの時間を忘れたくないという…

子どもを恐れよ、そして武装解除に哲学を

先月、今月と、いわゆる「子ども」がこれまたいわゆる「哲学」をする場に行ってきた。「子ども」たちは、みな小学生だ。 去年同じような機会があったが、子どもでもここまで考えられるのか、ということに驚いた。 と同時に、「子どもの賢さに大人が驚く」と…

てつがくは かくせいざいより きもちいい

昨日、ありがたい一句をいただいた。 実際は句ではなかったのだが、ずっと五七五で渦巻いている。 「てつがくは かくせいざいより きもちいい」 哲学、というか「考えざるを得ないこと」には特有の苦しさがある。 僕の場合は、小学校低学年のときには「宇宙…

プレイバック哲学対話 2017/1/10

哲学対話をやってきた。 参加者がとりくむ問いは、「魚とふれあうってどういうこと?」 (今回は「いらすとや」さんの画像を使わせてもらいました) メンバーは哲学科の教授、卒業生、院生、大学生1~3年というパワー系ラインナップ。 こういう人たちに好き…

ルール

哲学カフェでルールについて話した。 さいしょはあんまり広がらないかもなーと思っていた。 ところがやっぱりやってみると違うんだなぁ。 三人寄らば文殊の知恵、ってわけじゃないけど、思わぬ意見にどんどん刺激を受ける。 途中の話は省くが、結局ルールと…

「信州哲学カフェ」と「ふるさと」

今年は哲学カフェや哲学対話の記録をつづけてみよう。 なんだか一回一回がおろそかになって来た気がしたので。だから参加者の発言とか全体の内容とかよりは、自分が好きなように書き残すものになりそうだ。 昨日は信州哲学カフェに参加した。 信州、それはす…

くまの連絡帳1

どうも、くまです。 絵に描かれただけの存在ですが、だいたいノートにはさまったまま、ぼくを描いた人のことをみてすごしています。 なんていうんでしょうね人間たちのやってることが全体的にわかるんです。くまなのに。 ぼくを描いた「コガさん」は人間の子…