ルール

哲学カフェでルールについて話した。

さいしょはあんまり広がらないかもなーと思っていた。

 

ところがやっぱりやってみると違うんだなぁ。

三人寄らば文殊の知恵、ってわけじゃないけど、思わぬ意見にどんどん刺激を受ける。

途中の話は省くが、結局ルールというものそれ自体のもつ奇妙な性質について疑問がふくらんできた。

奇妙な性質というのは例えば次のような事を考えてみよう…

 

わたしたちの周りには様々な個別具体的なルールが存在しているが、そもそもそれらはどれも「ルール」である以上「例外なく常に守らねばならない」はずである。

しかし次のようなルールもあり得るだろう

 

このルールは、時にはやぶってよい

 

うーん、確かにこれもルールのひとつでないとはいえない。

だが、「時にはやぶってよい」というルールを「例外なく常に守らねばならない」というとき、いったい何が起きるだろうか?

僕の頭ではもはや分からない。いや、分からないということが分かっているから大丈夫だ!

とにかく、ルールは、「ルールをやぶれ」ということさえできそうだ。でもそれってルールと呼べるのか?なんか矛盾してる気がする。

  

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そしてもうひとつ奇妙で面白いのは、ルールは自己を補完するために無限増殖する運命にあるということだ。

たとえば、よく問題になるスカート丈を指定する校則で「スカートはヒザ下3㎝」(てきとう)と定められていたとしよう。

そこに猛者が登場する。ヒザ下3cm以下にスカート全てを下ろしてしまうのだ。ちょうど立小便をする男子児童のように。

学校は慌てて校則を付け足す、「スカートはヒザ下3cmとし、ただし5cmを超えてはならない」と。

そうすると校則を破ることに命をかけた頭のおかしなのが出てくる。そしてヒザ下3cmから5cmにかけて帯のようなものを巻き付けて登校するのだ。(冗談ですよ奥さん)

学校は慌てて付け足す「スカートとは、かくかくのものであり、これ以外を認めない」と。すると頭のはたらく生徒が、「いえスカートの歴史をひもとくとしかじかのものであり学校の定める定義のみをスカートとみなすことはとうていできない」なんて申し立てたりして、学校にとってのスカートとスカートそのものがもつスカート性についての齟齬が表面化する。

そしておそらくスカートが一体何であるかをきめるには、服とは何かみたいな話が必要である。

まぁ、このようなやりとりがn回ほど続く。しかし確実なのは、細かく補足を付け加えるほど他のルールと矛盾を起こす可能性が増えていき、最終的にはその肥大したルールが破綻するということだ。

あるいは他のルール体系を全部つぶして自分のみがルール界の唯一存在になろうとするルール大戦が起きるかも知れない。

 

以上のことから僕の関心というか考えたことは、ルールとは基本的に矛盾をふくむ非常に脆弱なものかもしれないということだ。

 

だから「ルールを守りましょう」というのは、「ルールだから守れ」という事では無く、「ルールちゃんをやさしく保護してあげよう」という事だとも解釈できる。

 

もちろん弱い奴ほど刃物とか持っているのと同じで、ルールちゃんは実際にはゴリゴリの鎧を着ていて違反者を片手で生搾りジュースにできる。

貧しさゆえにまんじゅうを盗んだ老婆を逮捕できるのだ。

 

私たちはそんなルールちゃんが怖いと言い訳をしながら、あざむき、否定し、狡猾に生きている。

僕はそれが許せない。

ルールを守ろう!

Save the rule! Let the rule rule!そうプラカードに書いてあこがれのあの子と行進したい。

 

「ただルールを守るなんて思考停止の馬鹿者じゃないか!」いや、そうじゃないんだ。できるものなら君、ルールを本当に守ってごらん。一切の疑問を差しはさまずに。

むしろそっちの方が難しいのだ。そんなことができる人間は僕にはとってもすばらしいと思える。

 

その具体例として、『人間の土地』*1の登場人物を挙げたい。けど、名前を忘れてしまった。主人公の飛行機乗りの上司(?)だ。まぁ鬼かというぐらい冷徹なのだが、彼はけっきょく登場人物のなかでとびぬけて美しいのだ。

 

もちろん誰かが作ったルールだと政治的には危ないかも知れない。

だからルールはそのルールを心から守ろうとするこの「私」によって立てられたほうがよいだろう。

たとえば必ず夜12時に寝て朝6時に起きるとか。

そしてそのルールが一切の例外なく厳格に守られることによって、ルールは社会の大衆から軽んじられるような扱いから守られて初めてルールたらしめられるのだ。

 

…などと考える事もできる。20%ぐらいふざけているが結構本心だ。

要するに、狂信者みたいなのはのぞいて、自分から自分の自由意志みたいなのを本気で捨てられる人に何だか尊さを感じるよねという話。むしろ人間を超えた感じさえする。

そういう人に私はなりたいと思っていたし、実践もしたけれど、結局終わるんだ。たぶん飽きるから。

神から直接つくられたアダムでさえできなかったのだし、仕方ないだろう。

 

ところで神様は世界に最初のルールを作ったとき「わしは守らないけどね」とお考えだったのだろうか、それとも神様もルールに従うのだろうか?

謎が謎を呼ぶ。

*1:『星の王子様』や『夜間飛行』で有名な飛行士兼作家サン=テグジュペリの作品。友人の帰還、遠くからの知らせなどを通して「待つ」ということが描かれる、地味ながら凄みのある作品。