読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「運命・量子・交流」

●「運命ってあるのかな?」

 

  • 「どうして急に?」

 

●「いや、きっと大したことじゃないんだけど、ふと、さっき耳にして気になってるんだ。運命なんて全然信じてないんだけど、でも運命っていう音?というか、その存在が頭にはいってしまったのがさ、なんかくやしいけど1ミリぐらい運命っぽい気がして。」

 

  • 「ははあ、そんなことを聞かされる僕も運命とやらにまきこもうってわけだ。いや、それは歓迎するよ、だって僕は運命っていうものが今とても大好きなんだ。」

 

●「はあ、大好きになるようなものかねぇ。運命なんて、理由抜きに人を納得しようとしたり、つじつまを合わせなきゃいけないなんてときに持ち出されるものじゃないか。そんなもの人を甘やかす幻想だよ。僕は運命なんか信じたくないし、一言も口に出さないでふだん生きてるよ。」

●「まあ信じたい人もいるし、仮に運命が世界のどっかに勝手に存在してくれていいけど、僕は関わりたくないね。」

 

  • 「おや、ずいぶんだね。でも実は僕だって同じ気持ちなんだ。ただね、関わりたくないと思ってるのに関わってくるんだよ、あの運命の野郎は。
    こないだなんて楽勝で合格できるはずの試験に落ちちゃってさ、死にそうな思いでトボトボあるいてたら、おばさんに声かけられて世間話さ。」
  • 「でもどうやら娘さんも同じ試験を受けてたことが分かってね、今度一緒にお茶でも飲みながら勉強してやって下さいねー、なんて頼まれちゃって。いやーまいったね。自分なりに精一杯やってたのに悪夢みたいなことが起きたかと思えば、同じ日にうら若き清らかな女性との出会いが約束されたんだぜ?」

 

●「清らかかどうかは知らないけど、捨てる神あれば拾う神ありってやつか。ただそんなものは全部因果関係で決まってるんだし、それが今僕の言ったやつだよ、理由の説明を放棄した運命論者ってやつ。」

 

  • 「君がねたんで言ってるんじゃないと思って聞いてるけどね、僕は自分の力を超えた何かを感じざるを得ないんだ。当然因果関係はあらゆるところに張り巡らされているけど、全部それで説明できると思ってはいないよ。
    ちなみにおば様の姿から言うと、娘さんは美形に違いないね。これは因果関係だな。」

 

●「おや、因果を超えた容姿かもしれないぜ。」

 

  • 「よせよ馬鹿。我々こそ他人様のことは決して言えないだろ?しかし顔や体や、とにかく物理的な面に関しては大体因果関係で説明できそうだけど、気持ちや試験結果なんてのはどうもそんな気はしないなぁ。」

 

●「おいおい、21世紀に生まれておいてそれかい?気持ちだって我々の身体で起こってるんだから物理的に説明できるはずだよ。試験だってさ、この頭ン中に詰まってる脳味噌の話だろう?きっと電気信号かなんかが法則に従って動いてるんだから因果関係の外の話じゃないはずだよ。」

 

  • 「なんだか最後は推測口調じゃないか。まあ、専門知識が無いから及び腰なのはわかるよ。しかし科学を持ち出すなら、量子の世界の話をしなきゃ。」
  • 「君が今言った電気つまり運動してる電子が量子の良い例だけど、量子ってのは小さすぎて観測できないんだ。なんていうか、量子がどんな状態か調べるために偵察兵を送ると、到着した偵察兵はあまりに小さい量子をふっとばしちゃうんだ。だから観測結果はいつも不正確なんだとさ。」
  • 「因果をさかのぼると、結局不正確な観測に行き着いて自分の首をしめるってことらしい。まあ、数年前に大学の講義で聴いたことだから自信はないんだが。」

 

●「その説明自体よくわからないなぁ。でも科学を出してきたって僕はびくともしないよ。量子だって、さらにその中にまだまだ無限に小さな世界があるかもしれないだろ?結局の所観測できるかどうかなんてどうでもよくて、こうやって前へ進もうと思っただけで歩けてることの方が大事なのさ。」

 

  • 「運命は認めないのに、歩けることについては何も思わないの?だって変だぜ、仕事に行こうって思うだけで駅まで行けるなんて。SFの世界の乗り物みたいだよ、体ってやつは。」

 

●「まあその話は別のときにでもやろう。しかし仕事に行きたくて駅に着けるなら、それは因果には違いないんだよ。たしかにその過程で不思議なところもあるがね。」

 

  • 「因果の過程に説明できないブラックボックスがはさまってたら、それはもう因果関係として成立しないんじゃないか?」

 

●「んー、僕の言ってることはそういいうことじゃなくて、複雑すぎて分からないってことだよ。だって君が一歩足を進めるその一瞬にだって、君の体には蟹座アルファ星からの重力がかかって数万年前のどこかの超新星の爆発した光を浴びてるんだから。しかも隕石が衝突したり心臓が急にとまったりする確率をくぐり抜けてる奇跡的行動なんだよ。」

 

  • 「なんだか照れるな。まぁ、考え出したらキリがないや。でも僕のどんな行動にも昔大好きだったあの子の何かが100兆分の1でも関わってると思うとがぜんやる気が出てきたよ、ありがとう。これはもう宇宙レベルで見ると付き合ってるのと変わらないかもしれない。」

 

●「そいつは素敵なファンタジーだが、目の前の君と話してることがとてつもなく濃厚な事に思えるから一長一短かもね。しかし僕もそれはよく分かるよ。」

 

  • 「元気が出たついでに頭も冴えてきた。というのも、何万光年も離れた星や、遥か過去に会えなくなった人でも直接または間接的に僕に影響するってことだよね。うちのじいちゃんの写真を見てもなんだか空しいけど、これまでじいちゃんが何万立方キロと呼吸してきた空気を少しは共有してるってことかい?」
  • 「あ、ということは全然関係ない他人についても同じか。それはなんかイヤだな。マスクしよ。」
  • 「でも僕は驚くほど遥か遠い星や他人のかけらやで出来てるかも知れないな。逆に言うと、君は少し僕なんだ。目の前にいるし。」

 

●「うーん、それは僕がいつも考えていたことに近いかもしれない。この際だから話そう。」

●「君に触れられる、ってことはあまり想像したくないが、君の姿はさっきから僕の網膜に写ってる。声は鼓膜や内臓をふるわせているし、空気はおたがいの体内を行ったり来たりしてる。小学生でもわかるだろう。」

●「けれど不思議なんだ。体の中身レベルで君との交流が起こってるらしいんだが、こうしたことに誰かが文句をいうのを聞いたことが無い。」

 

  • 「ははあ、いよいよ本性を現したな。しかし何とも思ってくれてなくて良かった。僕はてっきり人と肌で触れ合うなんか低レベルの事で、これからは直接臓器交流の時代だなんて言うんじゃないかと思ったから。」

 

●「まあ、目の付け所は悪くないね。僕が言いたいのは、自分の体は不可侵―もちろん例外はあるがね―だと思っているが、器官レベルではノーガード状態であって、それがどうしようもない事実だということ。そしてそれを誰も不思議に思ってないってことだ。これは一体どういうことだ。」

●「だって、例えばあそこに素敵なお姉さんがいるだろ?ほら、一瞬こっちをみた!僕は悲しいことにあの人と今後一切関わらないと思うが、今まさにあの人の目の中の網膜に入ったみたなもんだ。なんならその先は電気信号になって視神経を伝って脳の中に入って映像になったね。こんなヤバいことが起きてるんだぜ?」

 

  • 「そいつはワクワクする想像だろうけど、君はそこにいるじゃないか。まあせいぜい君にあたって反射した光が彼女の目に入ったとはいえるだろう。けど、入ったのは光であって君じゃない」

 

●「そこが面白いところなんだよ。最終的に僕から反射されたなら、それは間違いなく僕だって主張できないかな。君だって僕から反射された光や音の波しか感じてないだろう?というか他に何を感じてるって言うんだい?それはこれまでもそうだったし、そしてこれからもずっとそうだ。」

 

  • 「なんか途中までは自分がキモいかもと思ったけど全然ちがったよ。でも物質的というか科学的な説明では君の言う通りなんだけど、なんで違和感があるんだろうな。でも君の指摘は、それはそれでもっともだ。」
  • 「さて一度トイレに失礼するよ、あとでコーヒーかなんか頼もう。」